ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習

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(2007/12/21)
サシャ・バロン・コーエン

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「僕を好き?」
「好きだよ」
「友達?」
「君はいい青年だ」
「恋人になって」
「それはない」
「僕が嫌い?」
「わかったよ 恋人になるよ」




私はあまり、というかほとんどパロディ映画というものを見る事がありません。
特に洋画のパロディ映画をすすんで見る事はありませんね。笑いのツボが日本人とは異なるから余計にそうなのかもしれません。今作はネット上で映画の大筋のストーリーを見て、興味を持ったのがきっかけで見てみたのですが、これは笑いましたねー。でもただ笑えるだけの映画でないところがこの映画のミソでもあります。

あらすじはこちらを。


この映画のハードボイルドなポイントはどこかと言いますと、主人公・ボラットを演じたサシャ・バロン・ コーエン自身ですね。いや、彼は紛れもなくハードボイルドな男だと思います。


どのあたりに彼のハードボイルドを感じるのか?
それは彼がただ単に笑いをとるだけの為でなく、アメリカが抱えている様々な問題を風刺的に映画の中にあぶり出しているからです。本作を見ればわかるのですが、大筋のストーリー以外のほとんどが所謂「ドッキリ」的な撮影になっています。ドキュメント的とも言えるかもしれません。しかし、そのほとんどのドッキリが見ていてハラハラするようなブラックなものばかりなんです。ユダヤ人、ゲイ、黒人、売春婦、障害者、異民族への偏見など、かなりアブナイ内容のものばかりをあえて身を張って彼は仕掛けていく訳です。状況によっては殴られてもおかしくないような緊迫した状況の中にあっても、何も知らないカザフ人になりきって知らぬ顔をする確信犯的な彼の姿は紛れもなくハードボイルドだと感じましたね。そこに笑いをとるだけでない、何か明確なメッセージがあると感じさせるからです。


主人公、ボラットを演じたサシャ・バロン・ コーエン自身はカザフ人でも何でもなく、イギリスの俳優・コメディアンなんですよね。しかも映画の中でユダヤ人を恐れるカザフスタン人を演じながら、彼自身がユダヤ系というのも、今作が単なるパロディ映画でなく製作にまで名を連ねた彼のメッセージが今作にはあると感じさせる点でもあります。それに今作に限らずですが、本当に笑いがとれる人っていうのは「馬鹿」じゃ駄目なんですよね。相当頭が良くないと本当の笑いっていうのはとれない。今作の彼を見て、改めてその思いを強くしましたね。


それらしいヒゲを蓄えて訛りのあるたどたどしい英語で話せば、イギリス人であってもカザフ人だと信じ切ってしまうアメリカ人にも驚きましたねー。私たち日本人・アジア系民族から見ても、オーストラリア人やアメリカ人、イギリス人、カナダ人などの見分けは確かにつきません。しかし、イギリス人をカザフ人・・・これは同じレベルなんでしょうかね?


今作は数多くの訴訟を起こされているそうで、それだけでも内容がかなりアブナイものだという事がわかります。しかしコーエンはそれも覚悟していたはずで、それすら覚悟して今作を作った彼はたいした男だと思いましたね。しかし、私が彼が単なるパロディ俳優でないと感じたのはそれに加えて、今作のエピソードの中の彼のある言葉にあります。それは今作のシークエンスのひとつ、骨董品屋で彼が高価な骨董品を次々と壊していく部分の撮影を行う際にそれを中止させた、「歴史的価値のある物品が永遠に失われることになるのは避けたい」という彼の言葉にあります。笑いをとる事を生業にしながら、こういう文化や芸術に対する敬意は忘れない。こういうスタンスってすごく私はカッコいいと思うんですが、みなさんはいかがでしょうか?




パールハーバー



うーむ・・・これはかなりヒドイ映画ですねw


出演している俳優が駄目な訳では決してないんですが、なんていうか・・・
歴史に対する考察や事実の検証とは無縁な作りがなんとも言えず酷いものがあります。
作られたのがアメリカなんだから、当たり前といえば当たり前なんですが、いやーしかしちょっと
目に余るものがありますね、こりゃ。
零戦が歩道を逃げ惑う民間人を銃撃したり、当時(今も?)、日本軍の特別攻撃隊の体当たり攻撃を理解できないと当時の米兵は言っていたはずなのに、米兵将校がいざとなったら敵に体当たりするとのたまったり、真珠湾攻撃をハンマーでの攻撃、その後の日本への空爆を針での攻撃と言ってみたり、なんだかもう怒りを通り越して呆れてしまう程の場面が満載です。

さらに言えば、歴史の考証に関しても、真珠湾攻撃をアメリカ政府が事前に察知していたという事が明らかになりつつある現在にそうした部分も、日本軍が真珠湾を攻撃を開始せざるを得なかった時代背景なども、全く描かれてはいません。ひたすら、アメリカ万歳な映画に仕上がってます。


とりあえず、映画のメインが真珠湾を攻撃する日本軍と、その攻撃によって「悲惨で無残な」死に方をする米兵、そして日本軍に対して反撃を試みようとする「勇敢な」主人公たちの行動の描写になっています。
そう、今現在においてもアメリカには根強く存在する「我こそは善。敵軍は全て悪。」という善悪二元論がこの映画においても展開される訳です。


今現在に至っても、アメリカが本土を攻撃されたのは、この真珠湾攻撃と9.11同時多発テロの2回しかないんですよね。それも、同時多発テロに関して言えば、「国VS国」という構図すら存在しない形な訳で、厳密な国と国との外交の延長線上にある「戦争」での攻撃という意味に限定して言えば、この真珠湾攻撃のみがアメリカ本土への攻撃になる訳です。それを踏まえて、こういう映画を見たり、或いは同時多発テロ以降のアメリカ国内の世論なんかを見てると、この真珠湾攻撃が今現在においてもアメリカ人の中にトラウマとして強く残っているんだなぁと感じたりもします。
もちろん、真珠湾攻撃で犠牲になった米兵は少なくはないですし、生き残った兵士の中にも後遺症などを患った人もいたと思います。それらの戦争被災者に対しては気の毒であるとは思います。(アメリカだけでなく、あらゆる戦争被災者に対してもですが。)しかし、そういった事はこの戦闘だけで起こった事ではないんですよね。古今東西あらゆる戦争で繰り返された悲劇な訳です。


中国や韓国の人たちの反日意識に眉をひそめる人たちは少なくありません。
彼らは反日教育を小さい頃から受けている為に、そういう意識になってしまうのと思うのですが、これはそれらの国に限らず、今作の主人公たちの国、アメリカも似たようなものなんじゃないかと思うんです。もちろん、アメリカは反日教育といわれるものは無いかもしれません。しかし、今作の様な作品が自国の正当性を持たせる、或いは見た者の中になんらかの意識を芽生えさせる事は充分に考えられますし、このような作品が多いのがアメリカという国なんです。アメリカの退役軍人の多くが未だに広島・長崎への原爆投下は当然の事だったと考えているのですから、そういう国・政府による国民への洗脳は世界中で行われている事なのかもしれません。(日本人の中にも当時の原爆投下に必然性を感じている人がいる事にはおどろきですが。)



なんにせよ、こういうアメリカ国民洗脳用、或いはアメリカ国民国威発揚用のような映画を世界中で公開するのはどうかと思いますね。表現の自由と言ってしまえばそれまでなんですが・・・。




どうしても私見を述べたくなってしまいました。
個人的にはおすすめな映画でもありません。よって、DVDバナーも張りません。
すみません m( _ _ )m



ミシシッピー・バーニング

ミシシッピー・バーニングミシシッピー・バーニング
(2007/01/24)
ジーン・ハックマン

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「野球は好きかね」
「ああ 好きだよ
 唯一 黒人が白人に棒を振り回せる」





人種差別とそれに基づく実話の事件を描いた社会派映画「ミシシッピー・バーニング」です。
アラン・パーカー監督の作品は、今作や「ミッドナイト・エクスプレス」のような社会派だけでなく「エンゼル・ハート」のようなサスペンス・ホラー系の作品もありますが、どこか共通しているのは作品にすごくハードボイルドな匂いがするっていう事ですね。


あらすじはこちらを。


今作では主人公の二人、ウィレム・デフォーとジーン・ハックマンの二人の捜査官が、ストーリーを通して男臭い生き方を見せてくれています。ウィレム・デフォーはどちらかというとお坊ちゃん的な雰囲気の白黒はっきりさせないと気がすまないっていう神経質タイプの捜査官。一方、ハックマンは事件の起きたアメリカ南部地方出身である程度黒人差別の実情について理解を示し、捜査も臨機応変にいくというタイプの叩き上げ風捜査官。全くタイプの違う二人が時には喧嘩をしながらも最終的には事件を解決していけるのは、二人には「悪を許さない」という共通点があるからに他なりません。
とりわけ、黒人差別がどういうものなのかを知りながらも、事件が起こった街の非協力的な保安官に挑発的な態度をとるハックマンがいい味だしてます。特に、喧嘩売るようなセリフ吐きながら、ウィンクするトコなんて頭髪が気にならない位(笑)、カッコいいですよね。まさにハードボイルドです。



冒頭でも述べましたが、アラン・パーカー監督の作品はハードボイルドな雰囲気がする作品が多いと同時に、異人種間、とりわけ有色人種と白色人種の対立を描いた作品も多いんです。「ミッドナイト・エクスプレス」では、アメリカ人とトルコ人、「エンゼル・ハート」ではアメリカ内での白人と南部の黒人、今作でも、同じですね。これだけ作品にこういう要素が入ってくると、アラン・パーカー監督自体が実はすごい白人至上主義者なんじゃないかと思ってしまいますが(笑)、まー多かれ少なかれ色々な映画の中にもこういう差別的な配役であったり、差別的なセリフっていうのは出てきます。もちろん、その全てが有色人種が劣っているという前提で。



しかし、この作品も実話ベースだけあって重いですね。
知り合いのイギリス人の女の子にこのDVDを貸してあげたんですが、かなりショックを受けていたみたいでした。同じ白色人種といっても、やはりアメリカとイギリスでは有色人種に対する捉え方は違うのかもしれないなーとその時は思い、そのイギリス人の女の子に私は聞いてみたんです。「どうして白色人種は黒人を含めた有色人種に対する優越感を持っているんだろうね?」と。その質問に対する彼女の答えを聞いて、やはり基本的には白色人種の中に我々黄色人種を含めた有色人種に対する差別や偏見は存在するのだと感じたんです。

「さぁ・・・理由なんて無いんじゃないかしら。」

ひょっとしたら、一般の白人には有色人種に対する差別っていう概念すら無いんじゃないかと思ってしまいそうな言葉です。念のために言っておきますが、彼女はとても優しくて明るくてみんなに好かれるタイプの綺麗な女の子なんです。そんな万人に愛されるタイプの女の子でさえ、理由が無いって言うんですから、これはもうDNAレベルの話なのかもしれないと感じたものです。でもまぁ、今作を見てショックは受けたっていう事ですから、完全な白人至上主義って事でも無いんだと思いますけどね。日本に住んでる訳でもありますし。



KKKってのはある意味で向こう岸に渡っちゃった人たちですが、多くの白色人種も決してこちら側に立っている訳ではないっていう事を、そして我々日本人も白色人種から見れば有色人種である事を、今作のような映画から学び取る事はすごく重要な事であるような気がします。
今作の他にも、KKKや人種差別を描いた作品は多いですよね、「マルコムX」とか、「アメリカン・ヒストリーX」とか。そういった作品では、差別の対象になっているのが黒人である事が多いですが、黒人と同じ有色人種である我々日本人もこういう映画を見て、もっと人種の根にあるものを考える必要はあるんじゃないかと思いますね。





ブレードランナー

ブレードランナー ファイナル・カット スペシャル・エディション (2枚組)ブレードランナー ファイナル・カット スペシャル・エディション (2枚組)
(2008/06/11)
ルトガー・ハウアーダリル・ハンナ

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「お前ら人間には信じられぬものを 俺は見てきた
オリオン座の近くで燃えた宇宙船や、タンホイザー・ゲートのオーロラ
そういう思い出もやがて消える 時がくれば 雨の中の涙のように
・・・その時がきた」






後のSF映画に計り知れない影響を与えたSFハードボイルドの傑作中の傑作です。
舞台は洋と和が奇妙に融合した近未来のロサンゼルス。反乱を起こし、地球に戻ってきたレプリカント(宇宙での探索や慰安に使用されていた人間型ロボット)を処分する為にブレードランナーと呼ばれる特捜刑事がそれを追う、と言ったストーリーです。

この映画は先ほども述べましたようにSF映画としても名作と呼ばれるものなのですが、私としてはむしろハードボイルド映画として傑作であると感じます。主人公のデッカード(ハリソン・フォード)は劇中ではそれほど圧倒的な強さを見せつける訳ではありませんし、ハリソン・フォード自体もその役柄に対しての不満からか、あまりこの映画を好んでいないとの話もあります。しかし、レプリカントの美女・レイチェルとの情交のシーンなどは男臭さ全開で、特に私は「キスしてと言ってみろ」とデッカードが迫るシーンなどは「これぞハードボイルド!」と思ったものです。


その他にも、主人公ではないのですが、敵であるレプリカントのリーダー・ロイもハードボイルドの匂いが強くするキャラクターです。同じロボットであるはずの女レプリカントを愛したり、傷だらけになりながらもデッカードの追撃を逃れ、またデッカードを追うシーン。何よりもクライマックスのセリフはハードボイルド以外の何物でもないような気がします。


この、「ロボット同士でも愛し合う事はあるのか」、或いは「自分は何者なのか」という問いかけは原作者のフィリップ・K・・ディックの小説には多く登場するシチュエーションです。「トータル・リコール」や「ペイ・チェック」、「クローン」、「スキャナー・ダークリー」などのディック原作のSF映画を考えればわかりやすいかと思います。このブレードランナーでもレプリカントは自分が何年生きられるのか、決められた寿命を延ばす方法はないのかを知る為に奔走します。それはあたかも人間が「自分は何歳まで生きられるのか」「長生きできる方法はないのか」と考えるのと同じで、知性まで人間に近づけたロボットは、機会の体をしただけの人間なのか、人間と同じ感情・感覚を持ったロボットなのか、と考えさせられてしまいます。しかし、この自己のアイデンティティに対しての問いかけというのはそのシチュエーションがロボットでなくとも、実は我々、人間も同じなのだという事がわかります。我々も自分自身が何者で、どこへ行くのか明言できる人はいないと思いますが、そういった深い問題もこの映画は内包しているのです。


SF・アクション・ハードボイルド、そしてアイデンティティについての問いかけ。
この映画にはこうした要素が全て含まれながら、単純にアクション映画としても楽しめ、そして傑作として今現在も根強いファンがいる程の人気を得ているのです。SF映画好きな人に限らず、この映画は全ての映画ファンの人に是非見てもらいたい映画であり、私個人的にも特に好きな映画のひとつなのです。




2008/7/13 追記

知らない間に再販されてたんですね!いやーこれは朗報です。
私はディレクターズ・カットを持っていたんですが、どうやら今回再販されたものは画像も音声もかなり綺麗になっているようで、嬉しい限りです。
これは私は買います。ハイ(笑)。






AKIRA

AKIRA DTS sound editionAKIRA DTS sound edition
(2002/12/21)
岩田光央佐々木望

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「信じるのか?」
「25号の能力に疑いはありません。
 各種のデータがそれを裏付けています。
 大佐は・・・どうですか?」
「私の役目は信じるかどうかではない。
 行うかどうか、だ。」





もうかれこれ20年にもなるんですねー、この作品が公開されてから。
その製作技術やクオリティから海外での評価も未だに高いアニメ「AKIRA」です。


あらすじはこちらを。


この作品を最初に見た時に驚いたのは、作品の中の登場人物の口の動きがセリフとぴったり合っていた事です。後に知ったのですが、これはプレスコ(プレスコアリング)と呼ばれる手法で、セリフを先に収録しておいて、そのセリフに合わせて作画を行うというものだったそうです。この手法は日本のアニメでは一般的ではなく、そういった手法を取り入れるという姿勢に、この作品が他のアニメと一線を画すものがあるような気がします。


さて、今作のハードボイルド・パーソンは、やはり「大佐」ですね。
原作と劇場版アニメとは微妙にストーリーやキャラの設定が異なるので、今回は劇場版アニメを基に考えてみます。この大佐のどこにハードボイルドを感じたのか、と言いますと、一本気な生き方ですね。今作での彼の行動のベクトルは「復興したネオ東京を守る」という一点にしか向いていない訳です。真剣に都市を守ろうと考えていない、腐敗・汚職・保身だけの政治家はもちろん、その政治家と敵対関係にあるレジスタンスたちをも彼は否定します。それは、そのどちらもがネオ東京を破壊する者たちだから、という考え方ですね。大佐が実験体となった鉄雄の研究を許すのも、その力をコントロールする事がネオ東京を守る為だと考えているからであって、ドクターのようにその力の根源を見つける為ではありません。
要するに、ネオ東京を守る為以外の事には全く興味がない。そんな人な訳です。


こういう風に何かひとつの事に頑なに拘り続ける人って、固いし窮屈な感じがしますよねー。だけど、それは自分の仕事に対してプロであり続ける事に拘っているとも言えると思うんです。それに、男っていうのは些細な事であっても、何か拘りを持っている方がいいんじゃないかとも私は思います。仕事ではプロに徹し、何か拘りを持ち続けているっていうその姿は、紛れも無くハードボイルドだと思います。



もう一人、ハードボイルドを感じたのは主人公の「金田」ですね。
彼は強大な力に目覚めた「鉄雄」を必死で追い、彼を始末しようとするのですが、その友人を殺そうとするその行為の全編に「友情」が流れているような気がするんです。もちろん友人の「山形」の敵討ちという側面もあるんでしょうが、それでも最後まで鉄雄への憎しみで彼を追っているとは感じないんですよね。一緒につるんでいた友人だからこそ、他の誰でもない自分の手で始末してやる、そんな感じがするんです。そんな風に命のやり取りにまで及ぶような関係でありながら、男同士の友情が根底に流れている。そんな友情のあり方も、ひとつのハードボイルドだと私は感じました。




しかしこの作品、20年も前の作品だとは思えないクオリティですねー。
未だに音声などでマイナーチェンジした、新しいバージョンが発売され続けている理由がわかるような気がします。それに、海外で評価されているのも、ストーリーだけでなくこのクオリティの高さも一つの要因なんでしょうね。あと、AKIRAって故・黒澤明監督の名前に由来してるんですねー。
色んな意味でスゴイ作品です(笑)








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プロフィール

honeyroll

Author:honeyroll
ハードボイルドな男の生き様に憧れる
軟弱な♂です


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意見が言いたい!とか、感想を
聞かせて下さるという心優しい方は(笑)

honeyroll_gibson@yahoo.co.jp

までよろしくお願いします。

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